「炎上は技術力の問題だ」という思い込み

SAPプロジェクトが炎上したとき、現場では何が原因として語られるでしょうか。「開発の見積もりが甘かった」「バグが多すぎた」「テストが足りなかった」——技術的な問題に原因を求める声は少なくありません。

しかし実際のプロジェクト現場を丁寧に振り返ると、技術の問題が炎上の真因だったケースは思いのほか少ないことに気づきます。スコープが曖昧なまま開発が走った、顧客の要望が毎週変わった、会議で決まったはずのことが覆された、担当者間の認識がずれていた——こうした「コミュニケーションと合意形成の問題」が炎上の根っこにあることが多いのです。

「技術力があればプロジェクトは成功する」という前提で育成・採用・評価を設計している場合は、炎上の本当の原因を見誤っている可能性があります。

実態調査が示す炎上への技術力の影響度

株式会社EdWorksは2025年11月、情報通信業に従事する技術系人材1,003名を対象に、ITプロジェクトの炎上に関する実態調査を実施しました。調査では「スケジュール」「品質」「コスト」のいずれかで問題が発生した状態を「炎上」と定義しています。

EdWorks実態調査2025

ITプロジェクトに関する実態調査(n=1,003名 / 情報通信業技術系職種)

出展:株式会社EdWorks「ITプロジェクトに関する実態調査2025」

炎上防止に最も必要なスキルは何か?

炎上を経験したITプロジェクト従事者に対して「どうすれば炎上を予防できたか、エンジニア側に求められるスキルで最も大事なものは何か」の設問では、結果は次のようになりました。

調査結果

炎上防止のために最も必要なスキル(単一回答)

コミュニケーション力
38%
問題解決力
34%
技術力
13%

出展:株式会社EdWorks「ITプロジェクトに関する実態調査2025」

コミュニケーション力が38%でトップ、次いで問題解決力が34%。一方、技術力は13%にとどまりました。つまり、炎上を経験した当事者たちの約8割が「炎上防止の鍵は技術力以外にある」と回答しているのです。

さらに注目すべきは、開発フェーズに起因する炎上であっても「技術力でカバーできる」と答えた人はわずか27%に過ぎないという事実です。一見すると技術的な問題に見える炎上でさえ、その大半はコミュニケーション・問題解決といったソフトスキルが大事だと現場は感じているのです。

「技術力さえあればプロジェクトは成功する」は神話です。データは明確に、炎上防止の主役はソフトスキルであることを示しています。

炎上は「前工程」で仕込まれ「後工程」で表面化する

同調査では、炎上が発生したフェーズと、炎上の原因となったフェーズの両方を調査しています。この二つのデータを重ねると、炎上の構造が浮かび上がります。

炎上が表面化するのは中盤〜後工程

問題が顕在化するフェーズとして最も多く挙げられたのは開発フェーズ(50%)で、テストフェーズがほぼ同率で続きました。プロジェクトの中盤から後半にかけて、問題が噴き出すかたちになっています。

しかし炎上の「原因」は前工程にある

一方、炎上の要因がどのフェーズに起因したかを聞くと、要件定義フェーズが55%、設計フェーズが51%と、前工程に起因する回答が過半数を占めました。

要件定義や設計の段階ですでに起きていた問題——認識のずれ、言語化されていない前提、合意されていない仕様——が、開発・テストフェーズで表面化する構造です。つまり、前工程での対処の遅れが、後工程の被害を倍増させてしまうのです。

なぜ要件定義・設計フェーズで問題が起きるのか

では、なぜ前工程でこれほど問題が生じるのでしょうか。その構造的な原因を整理します。

顧客が「この機能を作ってほしい」と言うとき、それが本当に必要なものとは限りません。現行業務の問題点が言語化されないまま、「システムへの要望」として表出することが多く、コンサルタントがその要望をそのまま受け取ると、実装後に「これじゃない」という事態が生まれます。要望の背景にある真の課題を推察する力と、本音を引き出す質問力がなければ、要件定義は表面的な対話になってしまいます。

SAPプロジェクトには、経営層・業務部門・IT部門・外部ベンダーなど複数の関係者が関与します。全員が同じ言葉を使っていても、解釈が異なっていることは珍しくありません。「要件は合意した」はずなのに、後工程で「そんなつもりじゃなかった」と言われるのは、合意形成が表面的にしか行われていないからです。認識のずれを可視化し、関係者全員が同じイメージを持てるよう導くファシリテーション力が不足していると、この問題は繰り返されます。

要件定義の場で「検討します」「社内で確認します」が繰り返されるプロジェクトは危険信号です。顧客側の意思決定が進まないまま開発が始まり、途中でスコープが変更・追加される。SAPコンサルタントがこの状況をリードできないと、プロジェクトのスコープは際限なく膨らみ、バッファも使い切ってしまいます。「決めてもらう場を設計する」という能力は、技術スキルとは全く別の大事な力なのです。

設計フェーズでどれだけ精緻な設計書を作っても、要件定義に参加していなかった開発メンバーや顧客の現場担当者にも背景や意図が伝わらなければ意味がありません。ITに不慣れな担当者にも納得してもらえるよう、図解力・文章力・説明力を駆使して立場に合わせた説明を行う必要があります。稼働後のイメージがバラバラなままだと、実装や運用でずれが生まれる原因となります。

炎上を防ぐコンサルタントが実践していること

同じ難易度のプロジェクトを担当しても、炎上させないコンサルタントと炎上を繰り返すコンサルタントがいます。その差は何でしょうか。炎上を防ぐコンサルタントには、共通した行動パターンがあります。

「WHY」から始める習慣

顧客から要望を受けた際に「なぜその機能が必要なのか」「それが実現できたとき、何がどう変わるのか」を問います。HOW(どうやって作るか)を考える前に、WHY(なぜ必要か)とWHAT(本当に必要なものは何か)を明確にする習慣が、要件定義の質を根本から変えます。

「決める会議」を設計する

情報共有だけで終わってしまうプロジェクトの会議は何も決まらず、前に進みません。コンサルタントが会議のファシリテーターとして機能し、選択肢を事前に整理し、その場で決断できる環境を作ることで、「持ち帰り」「次回確認」の連鎖を断ち切ります。

認識のずれを早期に「見える化」する

言葉だけで合意を取ろうとすると、認識のずれが後になって発覚します。図・表・業務フロー図を活用して「私はこう理解しています」を視覚的に示し、顧客に確認してもらう習慣が、後工程での手戻りを劇的に減らします。

「リスクの先読み」を言語化して共有する

問題が起きてから対処するのではなく、「このまま進むと○○というリスクがあります」を早い段階で顧客と共有することで、手遅れになる前に軌道修正できます。これは技術的なリスクだけでなく、「この要件は業務的に矛盾しています」「この合意は関係部署全員に確認が必要です」といった、業務・組織上のリスクを見極める力でもあります。

SAPプロジェクトを炎上させないために今すぐできること

調査データと現場の実態が示すメッセージは一貫しています。炎上の主因は技術力の不足ではなく、コミュニケーション力・問題解決力・合意形成力の不足です。そしてこれらは、体系的に学び、実践で繰り返すことで確実に身につくスキルです。

  • 要件ヒアリングで「WHY」を問う習慣を身につける
  • 会議のゴールを「意思決定」に設定し、ファシリテーターとして機能する
  • 認識のずれを図解化で早期に可視化する
  • スコープリスク・業務リスクを先読みして言語化・共有する
  • 合意形成をスムーズに行えるよう顧客と信頼関係を構築する
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