「OJTで育てる」という前提を疑う

SAPコンサルタントの育成方針を聞くと、多くの組織が「基本はOJTです」と答えます。プロジェクトの現場に入れて、実際の業務を通じて覚えさせる。それ自体は間違っていません。経験から学ぶことは、コンサルタントの成長において大きな価値を持ちます。

しかし現実を見ると、「OJTで育てている」と言いながら、若手がなかなか自立しない、シニアが若手の尻拭いに追われている、プロジェクトのたびに同じミスが繰り返されている——という状況が多くの組織で慢性化しています。

「OJTで育てる」という言葉の裏側に、「体系的な育成設計を組めていない」という現実が隠れていることがあります。OJTは育成の補完手段であるはずが、いつの間にか唯一の手段になってしまっているのです。

ここでは、なぜSAPコンサルタントの育成においてOJTが機能しにくいのか、その構造的な理由を整理した上で、OJTを活かしながら育成の質を高めるための具体的なアプローチを考えます。

OJTが機能しない5つの構造的理由

SAPプロジェクトにおけるOJTがうまくいかない理由は、個々の上司・先輩や若手の資質の問題ではありません。SAPプロジェクトという環境が持つ構造的な特性が、OJT本来の効果を阻んでいます。

シニアコンサルタントは、要件定義・設計レビュー・顧客折衝・スケジュール管理など、常に複数の重要タスクを抱えています。「後進を育てたい」という意欲があっても、納期と品質のプレッシャーの前では、育成は後回しになります。結果として、若手に仕事を任せるものの、最後は「自分でやった方が早い」という判断が繰り返され、若手が育つ機会そのものが失われます。

OJTの質は、配属されたプロジェクトの性質と上司・先輩の育成スキルに大きく左右されます。要件定義フェーズから入れるプロジェクトか、テスト対応だけを任されるプロジェクトかによって、若手が得られる学びの量は雲泥の差です。また、丁寧にフィードバックしてくれる上司・先輩・同僚がいるかどうかも、関わってきます。組織として育成を設計しているつもりが、実態は「配属先の運」によって若手のキャリアは影響を受けています。

SAPコンサルタントとして身につけるべき最も重要なスキルは、課題を構造化する思考力や顧客を動かすコミュニケーション力です。しかしこれらは、上司・先輩の仕事を見ているだけでは習得できません。なぜその質問をしたのか、なぜその提案の順番にしたのか——そうした「思考の裏側」が言語化・共有されない限り、若手には「何をしているか」は見えても「なぜそうするのか」は伝わらないのです。

本来のOJTは「実践→振り返り→概念化→次の実践」というサイクルで成長を生み出すものです。しかしプロジェクトでは多くの場合、若手が失敗すると即座に上司やシニアがリカバリーしてしまうため、若手本人が「自分の行動の何が問題だったか」を深く考える機会がありません。また、プロジェクトの忙しさのなかでは、振り返りの時間すら確保されないことがほとんどです。

技術スキルであれば、「FIモジュールの基本設定ができる」といった形で習熟度を評価できます。しかしソフトスキルについては、評価基準が曖昧なまま「なんとなく成長している気がする」という感覚的なフィードバックになりがちです。何ができれば及第点なのかが不明確なため、若手も上司も、育成の進捗を正確に把握できません。

これらはすべて、特定の個人の問題ではなく、「プロジェクトの中でのOJTで自然に育つ」という前提設計から生まれる構造的な問題なのです。

OJT依存がもたらす組織への悪影響

育成をOJTだけに頼り続けると、若手が育たないという直接的な問題にとどまらず、組織全体にじわじわとダメージが蓄積します。

シニアコンサルタントの疲弊と離職

若手がなかなか自立できないことで、シニアは本来注力すべき顧客提案や戦略的な業務から時間を奪われ続けます。「また若手の穴埋め」「また自分でやるしかない」という状況が続くと、シニアのモチベーションは低下し、最終的には組織を離れることを選ぶケースも少なくありません。育成への投資不足が、組織の核心人材の流出につながるという皮肉な構造です。

プロジェクト品質の不安定化

育成が個々の上司の熱意と能力に依存していると、プロジェクトごとに若手の成長度合いにばらつきが出ます。「あのプロジェクトで育った人は優秀」「このプロジェクト上がりは基本が抜けている」という状況が生まれ、組織全体のコンサルタントとしての品質水準が揃いません。顧客からの信頼も、担当者によって評価がまちまちになります。

若手の早期離職

体系的な育成機会がないと感じた若手は、「このままで自分は大丈夫なんだろうか」と不安になり、成長できる環境を求めて転職を選ぶケースもあります。SAPコンサルタントの市場価値は高く、転職先には困りません。採用・育成コストをかけながら、一人前になる前に失うという最悪のパターンが繰り返されます。

「OJTで育てている」という組織が陥りがちなのは、「育てているつもり」と「実際に育っている」の乖離に気づけないことです。この乖離が大きくなるほど、組織の回復は難しくなります。

OJT依存の組織の状態

  • シニアが常に緊急タスクに追われている
  • 若手が「どうしましょう?」しか言えない
  • 会議が結論なく終わる
  • プロジェクトを跨いでミスが繰り返される
  • 育成の進捗が誰にも見えていない

育成を設計した組織の状態

  • シニアが価値ある仕事に集中できている
  • 若手が「こう進めたいです」と言える
  • 会議の場で意思決定が完結する
  • 思考の型が組織内で共有されている
  • 育成の進捗をスキルで可視化できる

OJTを補完する育成設計の考え方

OJTはたしかに有用な育成方法です。現場での実践経験は、コンサルタント育成において代替のきかない学びの源です。問題はOJT「だけ」に頼ることにあります。OJTが本来の効果を発揮するためには、補完的な育成設計が必要です。

経験学習サイクルを意図的に設計する

教育学者のデービッド・コルブが提唱した「経験学習モデル」では、学びは「具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→積極的実験」という4つのフェーズを循環することで深まるとされています。OJTはこのうち「具体的経験」の部分は提供しますが、残り3つのフェーズは意図的に設計しなければ回りません。

つまり、仕事を経験した後に「何が起きたか・なぜそうなったか」を振り返る場を設け、そこから抽象的な教訓を引き出し、次の実践に活かすという一連のサイクルを、組織として意図的に作ってあげるのです。

「思考の型」を先にインプットする

OJTで詰まりやすいのは、若手が「思考の枠組み」を持たないまま現場に送り出されることです。課題をどう構造化するか、顧客の言葉の裏をどう読むか、合意をどう形成するか——こうした「コンサルタントとしての考え方の型」を先に体系的に学ぶことで、現場での経験がはるかに深い学びに変換されます。型を知っていれば「今日あの場面で、あの型にはめてやってみたけど、ここがうまくいかなかった」という振り返りができます。型を知らなければ、ベースとなる土台がない中で経験を積むこととなり、習得スピードは下がってしまいます。

フィードバックの質と頻度を担保する

育成において、フィードバックは学習の燃料です。ところが多くの組織では、フィードバックが「プロジェクト終了後の総括」か「クレームが起きたときの指摘」に限られています。理想的なフィードバックは、記憶の新しいうちに即座に行われ、具体的な場面に即した行動レベルの助言を含むものです。上司がこれを続けるためには、育成を「業務の一部」として組み込む仕組みが必要になります。

OJTを活かす育成設計のポイントは「現場を止めないこと」です。プロジェクトから人を抜いて研修を受けてもらうのではなく、週1時間程度の学習インプットと、現場での実践・振り返りサイクルを組み合わせることで、業務と育成を両立できます。

明日からできる育成改善のステップ

大掛かりな制度変更をしなくても、育成の質を高めるために今すぐ着手できることがあります。

現状のギャップを可視化する

まず「何ができていて、何ができていないか」を言語化します。SAPの技術スキルではなく、ソフトスキル(構造化思考・質問力・合意形成・プレゼンテーション・タスク管理等)について、若手と上司双方がどう評価しているかを確認します。主観的な印象ではなく、具体的な行動レベルで評価できる基準を設けることが重要です。

週次の「振り返り会話」を導入する

上司と若手の間で、週に一度10〜15分の振り返り対話を行います。「今週、顧客とのやり取りで難しかった場面は?」「その場で何を考えて、どう動いた?」「次回同じ場面が来たら、どうするか?」という問いを軸にした対話を習慣化するだけで、OJTの学習効率は大きく変わります。特別な準備は不要です。

「思考の型」のインプット機会を設ける

週1時間程度の短時間でも、コンサルタントとしての思考プロセスやコミュニケーション原則を体系的に学ぶ機会を作ります。重要なのは「座学で終わらないこと」。学んだ内容をその週のプロジェクトで実践し、翌週に振り返るというサイクルを回すことで、インプットが行動変容に結びつきます。

シニアの育成負荷を構造的に下げる

シニアコンサルタントが育成に関われない最大の理由は「時間がない」ことです。育成の負荷を下げるには、シニアが「面倒を見る」のではなく「問いかけと観察」に集中できる設計にすることが有効です。周辺要素を外部や仕組みで補完することで、シニアの役割を絞り込めます。

育成の進捗をプロジェクトと同じレベルで追う

プロジェクトの進捗はWBSで管理するのに、育成の進捗は誰も追っていない——この状況を変えます。アセスメントを定期的に実施し、育成の成果を数値や行動変化で確認することで、「育てているつもり」と「実際に育っている」の乖離を早期に発見できます。

組織として育成を「設計する」という発想の転換

ここまで述べてきたことを一言で表すなら、「育成をプロジェクトの偶然に任せず、組織として設計する」という発想の転換です。

OJTは貴重な経験の場であり続けます。しかしそれだけでは、コンサルタントとしての思考力やコミュニケーション力は育ち切りません。週1時間の体系的なインプットと、現場での実践・振り返りのサイクルを組み合わせることで、SAPプロジェクトを止めることなく、若手の戦力化につなげることができます。

まとめ

  • 「OJTで育てる」の背景に育成設計の仕組み化不足が潜んでいることがある
  • SAPプロジェクトの特性がOJTの効果を妨げる5つの理由がある
  • OJT依存はシニア疲弊・品質ばらつき・若手離職を招く
  • 経験学習サイクルを意図的に設計することがOJT補完の核心
  • 週1時間の学習と現場実践の組み合わせが、現実的かつ効果的な解決策
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